お正月02

来年は卯年のお正月ですねぇ。子供の頃、初詣にお気に入りの『白いウサギのぬいぐるみ』を持って行き、泥だらけの水たまりに私はしっかり落としてしまったそうで…。泥だらけのウサギはスーパーのレジ袋に詰められての帰宅。母が一生懸命洗ってくれましたが、くすんだウサギに『こんなウサギは厭!!』と投げ捨てる私をたしなめるだけで、母はウサギを拾って持って行きました。そのウサギは母のウサギになり、母の部屋に行くといつも会うこととなり『あの日』を思い出しては手に取り、ヨシヨシと詫びを入れるようになりました。母は凄し!!です。
私は両親ともが3人兄弟なので、お年玉がたくさんもらえます。そのうえ、いとこの中でも一番年下なので、社会人になったいとこからもお年玉がもらえて、三が日でかなりの収入があります^^お正月のうれしい思い出と言えばお年玉です!
毎年1月2日に息子2家族が集まりが今年は2人の受験生がいて塾の休みは元旦のみだそうです。大変な世の中 昔の人間は 3ヶ日ぐらい休みだろうとの考えは通用しない、「頑張ってね」、とお年玉を準備して待っている婆です。
結婚してから、年越しは嫁のいるバンコクです。24日に出国しますが、嫁はタイ人で仏教徒だから、クリスマスなんてしないんだって。でも元日には坊さんが来て、読経して家に水を撒いてくれます。それで余ったお供えの御飯をみんなで食べます。辛い料理にもすっかり慣れました。
子供の頃お正月くるのがすごく楽しみでした。なぜかというと田舎の旧家だったので親戚が多く、新年の挨拶に沢山来られその人たちからもらうお年だま貯まっていくのがすごくうれしいかった思い出があります。
最近は顔を出すのが辛くて雪の中数時間近くの公園で過ごすことが多いです。たぶん今年も・・・。
お正月によくお汁粉とお雑煮を食べ、家族みんなで過ごしていました。そんな当たり前が今では、懐かしいです。
いつもおばあちゃんの家に行くのが恒例です!そしてみんなでおせち料理を食べながら、新年を祝うというその空間が大好きなんです!
毎年お正月は自宅で家族とのんびり過ごしています。バタバタと年末を迎え、年越しの準備が終わったと思いきや、新年を迎え、気がついたらもう仕事始めと、あっという間に楽しい時間は過ぎてしまいます。ここ最近は1年が過ぎるのが早く感じる様になり、もう今年も終わりかぁと実感する様になりました。今年は持病の悪化で入退院の1年だったのですが、来年は年女なので穏やかな良い1年になると良いなと思っています。
数年前の正月に、帰省できなかったため、両親に自宅に来てもらいました。そのため、お煮しめ等自分で作って準備していたのですが、根菜好きの父が大変喜んだのを記憶しています。私だって料理できるんですけど、と思いながらも、よかった〜という安心感がありました。
今年は義母が5月になくなりましたのでお正月の祝いは一切しません。我が家では今年92歳の母が健在なので毎年お正月には親戚一同が20名近く集まります。そのため31日は家族総出のおせち作りで1日が終わります。ただそれもお正月に孫やひ孫にうれしそうにお年玉を配る母を見ていると疲れも吹っ飛びます。今年は親戚も集まらないので母は少し寂しそうです。
私は幼少の頃、毎年両親の実家(福島県)へ行ってました。いとことおおみそかに除夜の鐘を鳴らして、次の日はゆっくり起きてお餅を祖母やみんなと食べて・・・今となっては良い思い出で、10月に4年ぶりに祖母の家へ私の両親と夫、子供達と行ってきました。除夜の鐘を一緒に鳴らしたいとことも再会出来て、大晦日やお正月が思い出されました。
やっぱり、家族揃ってこたつを囲み、おせち・みかんなどをつつきながら、お正月特番のテレビを見ていた。と、いうことが月並みですが一番の思い出です。今は、親元を離れ新しい家族とともに同じようなお正月を過ごしています。
お正月といえば、福袋やセールで毎年のように年明けそうそう買い物にでかけることが多いです。昔と違い、年始といってもデパートでも元旦から営業しているのは大変だと思います。元旦は静かに家にいたいです。
お正月は親戚が揃うのが楽しみでした。
小さい頃はお正月はおじいちゃんおばあちゃんからお年玉をもらうのが楽しみのひとつでした。今はすっかりあげる年齢になりましたが、身内にあげるような子供がいないのでいいのか悪いのか・・・?
旦那さまと二人、マラソンが趣味なので、走りまくり、食べまくりの正月です。毎年どこにも出掛けません。
お正月にはいとこがたくさん集まってにぎやかで楽しかったな〜。今、わが子にはいとこがあまりいないので少しかわいそう。
元日が誕生日なので祝ってもらった記憶がありません。ですからお正月になるとなんかスッキリしない気持ちになります。
子供の頃、お正月は数ある年中行事の中でも一番好きでした。親戚が集まって、美味しい食べ物があって、冬休みは宿題も少なめでしたし・・・今でも、家族揃って食事の時がもてる唯一の時間かもしれません。
毎年、主人の実家へ。親戚一同が集まるのでワイワイと楽しいですね。おばあちゃんの手料理がとても美味しい!
特に派手なことはしません。家族そろって御節を食べます。 年に一度だけ家族みんなでご飯を食べます。 それが一番の思い出です。
我が家は本家になるのでお正月は人の出入りが激しく、とても気を使うこともあるのですが、それと同時に久しぶりに会える方(妹夫婦や義理のお兄さん夫婦・昔からの友人など)の元気な姿を見たり話をすると懐かしさを覚えます。そんな時にお茶とお茶菓子はかかせませんね。お土産で頂いたりこちらで用意したりとついつい食べる機会は多くなりますが、1年ぶりに元気に会えるのは楽しみです。
田舎の親戚の家に泊りがけで出かけ、多くの人たちと出会い、またお年玉をもらったことを覚えています。前回はプレゼント当選でありがとうございました。
毎年鏡餅を見るたびに、スタイルがお餅に似てきたなと感じてしまいます。。。。☆
子どもの頃、お正月は着物着せてもらって、おしゃれして、初詣に出かけました。親戚が集まって、花札や百人一首もしました。
父は売薬業で、一年のほとんどを関東中心に出稼ぎで家を空けていた。そんな父も正月はいつも帰省してゆっくりとこたつでくつろぎ、NHK「青年の主張」を見るのが恒例行事だった。 正月になると、今は亡き父の温和な顔を想いだす。
娘たちが小さかった頃、お年玉をもらって喜ぶ顔が忘れられません。
我が家のお正月は家族で初詣に行き、帰りに商店街をブラブラ…。そして数年前から、美味しいとんかつ屋さんで食事をして帰る、というのが慣わしになってます。子供のころは、お正月にお店なんて開いてなかったのにね。その分、TVの正月番組を楽しみ、家族でゲーム大会、凧あげなど楽しんでました。なんかのんびりしてましたね。
結婚してから27年経ちました。 お正月に限らず、よく実家に遊びに来る主人の妹家族です。 甥っ子たちの面倒も見つつの お正月でしたが、今では、わが娘同様、成人して立派になりました。10人分の家事は大変ですが、忙しくもやる気になるお正月です。おかあさんとして、がんばれる限り、がんばるお正月なんです。
私の故郷は雪国です。子どもの頃、毎年大晦日はばたばたと年越しの準備をし、夕方までに家族全員お風呂に入り、紅白歌合戦を見ながら夕食。ここで、お煮しめなど、お正月のお料理を食べ始めました。そして、21時から22時頃、年越しそばを食べ、紅白が終わると同時に防寒対策をしっかりします。「行く年、来る年」を見ながら、真っ白な外へ出ていき、近所の神社へ行くと、火が焚かれ、たくさんの人でにぎわっていました。普段は夜中に出かけることなどないので、わくわくしながらお参りをし、甘酒をいただき、あとは家に帰ってバタンキュー。それが子どもの頃の、お正月でした。
決まって元旦から初売りに行きます!両親、祖父母、姉妹とみんながそれぞれバラバラに出かけていって、福袋を買い夕方からお披露目パーティー・・・親戚も集まってきて大騒ぎ!!楽しいですよ〜
私は関西生まれですが、父が四国出身だったためお正月のお雑煮はおすましで育ってきました。私は嫁ぎ先も関西なため、お雑煮は白みそ仕立てです。初めは戸惑い、味もなじめませんでしたが今では普通になりつつあります。でも時々おすましのお雑煮も恋しくなり、おもちが余ったときなどに子供たちに作ったりしています。子供たちはおいしいと言って食べてくれ、なんとなく嬉しい気持ちになります☆
こどもの頃のお正月は 寒いのとお餅をたくさん食べたことを覚えています。郷里茨城では お餅に納豆を絡めたり、青海苔を搗きこんだりして食べるんですよ。都会の餅は 薄っぺらくて頼りないです。
家族総出で野沢菜付けに始まり大掃除おせち作りと大変ですが一年の締めくくりでそれぞれ分担を決めて取り組みます。ひといきには美味しいお茶と和菓子が欠かせないのでご褒美に美味しいお菓子が当たるといいですが
昔からお正月はみんなでこたつに入りながら新聞に載ってるクイズや間違い探しをするのが恒例で今でもこれを楽しみにしています。
子供の頃から家族で『人生ゲーム』をするのが定番でした。今、自分や兄弟に子供ができて、子供達と一緒にお正月に集まるとしています。
年末年始には沖縄にいる主人の弟一家が帰省して、2週間ほど滞在します。そして毎年1月1日には私の実家へ、その弟一家と総出で挨拶に行きます。彼らが結婚する前から一緒に行っていて、今では子供が増えてきたので、母は子供たちにパン教室やらお菓子教室をひらいて楽しんでいます。そして、今年のお正月は新型インフルエンザが流行り、子供がうつると困るとのことで、弟の奥さんの両親が東京から我が家に泊まりにきました。毎晩宴会で、太りました!お正月はいつも楽しくて、あっという間に過ぎます。家族が増えた喜びを感じる時期ですね。
子供の頃、父の弟姉妹・祖父の兄弟が多くて、従兄弟も多くて、たくさんの親戚が集まるので、母は大変でした。布団は8畳2間いっぱいに並べて、皆がいっしょで、明け方までにぎやかでした。たくさんの茶碗蒸しは、準備された具とだしを子供の私がどんどん入れていくみたいな。民宿みたいでした。亡き母は、祖母に鍛えられて、頑張っていましたね。48歳で倒れて、53歳で亡くなりましたが、来年、私も53歳です。娘たちが年頃になり、思い出すことが多いですね。
85歳の一人暮らしの父のもとに帰ります。いつも家族でかえっていましたが 子供たちが大きくなって それぞれの用事もあり なかなか家族で帰る事ができなくなったのが 寂しいですね。
実家に帰省するのが恒例になっていますが、帰省するたびに親戚の子供が増え、年々出費が大きくなりがっかりする思い出ばかりです
子供の頃楽しみにしていた「お年玉」を、今は孫達に渡す立場に・・・(><)順送りとはいえ、なんだか切ない気分です!
独身の頃は、サッカー観戦に燃えていて…アントラーズが天皇杯に勝ち残ると国立競技場まで寒い中応援に行ってましたね。今は旦那が正月も仕事で…ひとり寂しくTV観戦しています。
家族4人で、北海道から九州まで電車で旅行に行きました、写真が沢山残っています。
毎年2日にお宮参りに行くのが帰省して時の一台イベントだが数年前に母がなくなり、お宮参りに行く習慣が途絶えてしまった。あの頃はめんどくさいなと思っていたが一年のはじめでお宮様にお祈りしたものだった。もうあのコロが戻らないと思うとなんだか寂しいお正月だ。今年は絶対にお宮参りをしよう
まだ小学生の頃、冬休みにおばあさんのところに行った時に、土間で杵と臼でおもちをついたのが印象に残ってます。石の臼だったかが珍しかったです。
子供の頃、コンビニなんて朝パンが切れたときに急遽買いに行くだけしか使った事がなかったのに、とあるお正月の三が日、お出かけ途中でコンビニでおにぎりを買ってもらえ、ものすごく感動した思い出があります・・・。
私は小学校時代に近所の子供達と羽子板やゴマ遊びなど正月遊びを楽しんだことを今でも懐かしく思い出しています。
お正月の思い出といえば…お年玉です。親戚や知人の挨拶回りということで、両親に連れられあっちへ行ったりこっちへ行ったり…。小さいながらにも気を遣うので、ぐったりだった記憶がありますが、いざお年玉をもらえるとなると、何故か一瞬にして疲れが飛んでいったものでした。歳を重ねた今は、気遣い+痛い出費ばかりで、別の意味でぐったりです。
お正月にお腹を壊し、おかゆしか食べられなかったのはつらい過去の思い出です。